『隠徳を積む』は誰かの靴の向きをそろえるのもOK

『隠徳を積む』は誰かの靴の向きをそろえるのもOK

隠徳とは、誰にも感謝されない善行。

 

その代表は「掃除」「ゴミ拾い」

陽徳を積む方法-現代はSNSを活用せよ-

 

あるとき、ふと感じたこと。

 

「隠徳」の真髄に近づけたのではないか、という記事だ。

勤め先で、脱ぎっぱなしの靴があった

今の勤め先は、建物の中が土足エリアと内履きエリアとに分かれる。

 

そこで働いている人が、土足エリアから内履きエリアに移動するとき、一時的な用事をこなすために、靴を脱いで内履きエリアに移動した(普段はスリッパを履いている)。

 

私のすぐ近くに、室内につま先が向いている靴がある。

 

持ち主が戻ってきたときを想像すると、いったん体の向きを変え、靴を履いて出て行くだろう。

 

こういう瞬間って、わずかに「やりにくい」んだよね。

 

そして、靴のつま先を、外に向くように変えたら、持ち主は体の向きを変えることなく、快適に出て行ける。

 

きっと靴の向きが変わっていることなんて気づきもしないし、気づいたところで、誰がやったかもわからない。

 

誰も見ていないときに靴の向きを整えて、その場を去り、誰にも気づかれないようにする。

 

こういうのを「隠徳」という。

相手が心地よいようにすることを「気配り」

自分が感謝されたい、認められたい、嫌われたくない、いい人と思われたい、といった「承認欲求」「奪うマインド」がベースにあるのは「気遣い」である。

 

「気遣い」は相手に届かない。

 

「私はこんなに気を遣っているのに、ちっとも感謝されない!」という勝手な怒りを生み出すコントをやっちまうものだ。

陽徳とは

自分が心地よいから勝手にやるのがポイント

隠徳は開運できるとはいわれつつも「ヨコシマな思い」を抱えているうちはまだまだ甘いw

ゴミ拾いは開運行動

誰からも感謝されなくても、褒められなくても、認められなくても、ただ淡々と、自分の中の心地よさのため、場を整える。

 

その瞬間、心地よさを感じている。

 

ただ、それだけでいい。

 

それが真髄なんだよね。

 

その心地よさの連続が、あなたを次の心地よさを感じる世界にいざなってくれる。

 

あなたの世界は整って心地が良い。

 

そんな世界をあなたが創造する。

 

そういうこと!
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