愚痴ばかりの世界から脱出するための3つの心得

私の過去のある種の悩みは愚痴をこぼす上司ってのがありまして、その当時のイライラの9割くらいが上司に愚痴を零されることで、愚痴をどうするか

ちょっとした関心ごととなったことがある。

この手の人は親でも友人でも同僚でも、どこかにいるものだ。

【m】愚痴を捨てると波動が変わる? 職場で愚痴が減った3つの方法
私が職場の同僚にたいしてイライラしていたとき、不平不満が多くて、愚痴らずにはいられなかった。そしてそんな自分自身に嫌気がさしたものだ。さらに...
愚痴や不満をこぼさないと自分のためになる。発信する言葉を変えるのはオススメ。
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私の経験から導き出した愚痴ばかりの世界から脱出する心構え3つについて書いておくよ。

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存在するのは愚痴をこぼす人「だけ」ではないと知る

愚痴を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、何年間もこぼす人がいたら

「愚痴は本人に直接言ってください」

と機械的に伝えるだけ 。

そんだけだった(笑)

愚痴を聞きたくなければ、シンプルに愚痴を聞かない、無視する。

関係性が険悪になろうと知ったこっちゃねーぜ!


それが難しければ

「愚痴をこぼす事で今後の作業効率は何パーセント上昇するんですか?」

などと今後に活かせる質問も付け加えましょう。

最もシンプルなのは

「で?」

と結論を聞いて上げると僅かながら優しいでしょう。

愚痴に落ちもなければ解決法もない。

もしあなたが愚痴を聞きたくなければ【愚痴をこぼす奴-愚痴を聞く奴はワンセット】であるという構造に気づいて、愚痴を聞く人を辞めること。

これが大事!

愚痴りたくなるのは何故?を自問する

つい批判したくなる、つい愚痴をこぼしたくなる、

そんなことはというのは誰しもあるはず。

もはや反射レベルだ。

愚痴を聞いてきた経験上で、愚痴っぽくない愚痴の言い方というのがあって、

「なんで私は人を批判したくなったんだろう?」
とか

「なんで私は愚痴をこぼしたくなるほど辛いんだろう?」

みたいに自分と向き合って掘り下げた内容を聞いてると一緒に考えられる興味深い内容になる(批判、愚痴の対象がまじでぶっ飛んでるとか例外はあるにせよ)

親のせい、ヒトのせい、社会のせい、…とせず、自分の心の動きに注目するというのは鉄板だが、それができてる人の愚痴は愚痴という感じがなく、むしろ建設的であるし、聞いてみたいと思わせられる。

「ジャッジ」の概念を持つ

あれは良い

あれは悪い

あれは正しい

あれは間違ってる

あれは素敵

あれはダサい

みたいな「ジャッジ」を私達は日々無意識にしてるわけでこれが塵も積もればストレスとなる訳。

で、この「ジャッジ」は減らせるなら減らした方がより楽しく自由に生きられるけど、

  • 「ジャッジ」という概念を知ってる人
  • そうでない人

には違いがある。

ジャッジに気づき、それを減らしていく人と、そのままでいる人とは、違和感が生まれ、そこからズレから生じ、やがて住む世界の隔たりが大きくなっ出会わなくなったり、出会いづらくなるんだな。

愚痴ばかりの世界から脱出するきざし

今まで私は延々と終わらぬ愚痴をこぼす人をジャッジしてた。

なので、

  • 愚痴をこぼす人
  • 愚痴をこぼす人をジャッジしてる私

は似たもの同士なわけよ。

つい先日、

「あれ?まだ愚痴をこぼす世界で消耗してるの?」
(某氏のブログタイトルのごとく)

という感じでこれまでとは違う、少し引いた所から愚痴をこぼす人を捉えられるようになったのが、なんだかこれまでとは違う、と気づいた(๑•̀ㅂ•́)و✧

「渦中」にあるとなかなか客観視することができないが、そこから抜けてくると第三者目線になる。

以上、愚痴をこぼす世界から脱出する心構え3つ

  1. 存在するのは愚痴をこぼす人「だけ」ではないと知る
  2. 愚痴りたくなるのは何故?を自問する
  3. 「ジャッジ」の概念を持つ

です!


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