海老蔵ディズニーで炎上したことで日本人の〝べき〟の押し付けの縮図を見る

雑感だよん

麻央さんがなくなってたったの5日でディズニーランドで目撃されたことに批判が集まっているという話題があった。

海老蔵さんご本人は舞台と家族のことに集中していて批判なんて微塵たりとも気にしていないだろうけどw

なかなかくだらない批判だ。

個人的に、その話題(海老蔵さんがお子さんをディズニーランドに連れて行った)を聞いて、

麻央さんがなくなって悲しいの紛らわして、子供のために頑張っているんだろうな、海老蔵さんは無理してないかな〜大丈夫かな〜

くらいのことは思いをはせた。

で、批判内容を見たらざっくりいうと

  • 遊ぶには早すぎる
  • もっと喪にふくすべき
  • 悲しむべき

こんな感じだよね。

7月の歌舞伎の大舞台の前に、お子さんの気晴らしができるし、お父さんが家に引きこもって鬱々としていえるより、ディズニーランドに連れて行って、楽しく笑顔で過ごしてるほうが、小さなお子さんにとって、何よりだろう。

もっと喪になふくすべきなら、歌舞伎の舞台だってキャンセルしても良さそうなものだが、それはそれで

歌舞伎役者たるもの家族が亡くなろうが舞台最優先であるべき!と批判されるだろう。
(海老蔵さんは舞台出演を継続してますが、これが役者というものか、みたく書いてますね)

人の死に関しては、やはり僧職の方の言葉が一番説得力がありまずが

残された人がニコニコ過ごしていることが何より、亡くなったかたの供養となるのだ、と。

誰かが亡くなると、亡くなった直後って放心状態というか、死を受け生きれずにいるもの。

お葬式だなんだかんだとバタバタして、がはっているので、あまり悲しくないことがある。

というか、夢の国の存在意義って、悲しみにくれた人や絶望に打ちひしがれている人に希望をもたらしてくれる

くらいの壮大さがあるのでは?

なくなって10日経って、悲しみがこみ上げてきたようだが。

批判内容はほかにも、ブログ更新しすぎとか、本当にくだらないw

海老蔵さんのブログを読んだが

自分の未曾有の気持ちに困惑しているし

自分を鼓舞するために文章を書いてるし、

多分、じっとしてると色々と考えてしまうだろうから、氣を紛らわすために書いたり(タバコの代わりのようなもの)

内容からするに、それまで麻央さんに話しかけていたぶんを、ブログに書いてるんだろうな〜と思った

「子供がこんなことがあったんだよ〜困ったよ〜」

「え〜そうなの〜」

なんて話していたこと。

それをブログに書いている。

それくらい、普通、わからないのか?

と「私の当たり前」基準で、思うが、そのへんができる/できないが個人差があるんだよね。

そんでもって、

誰かを批判する人は

  • ターゲットはとりあえずなんでもいい。たまたま海老蔵さんが目に付いた。
  • 物事を表面的にしか捉えられない、言葉そのままにしか解釈できない、知的にちょっとアレな人
  • 誰かを批判したい暇人、不幸人。
  • こうするべきという固定観念が強い

こんなあたりだよね。

ひとまず、歌舞伎の大舞台が無事に終わったね。

そしてこの記事を書いた私は暇人だな( ^ω^ )