いろいろもがいた結果、私は変わる必要などなかった

今日は昔話をするよ。

私は元々興味の範囲がとても少ない。

  • 読書するのは好き。
  • 出かけるのは嫌い。
  • 外食するのも嫌い(一度、食中毒みたいに吐いた時があって、それ以来数年間外食するのがいやだった)
  • 物にも興味ない。
  • 服はファストファッションで十分。
  • 健康になるための食事なら興味あるけど、断食とかするくらいだから健康のためならご飯を食べないという選択をすることができる。
  • 美食にも興味がない私は、納豆ご飯で十分だ。

そういう価値観ですよ。

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足長がおじさん的な?

そんでね、結論から言うと、(ひきこもりとか外食しないとかモノに興味がないとか)そんな世の快楽から離れた世界で生きている私が変わるキッカケを与えたかっとかいう、奇特な方がおられた。

たぶん「外にはいろんなすばらしいものが沢山あるよ、こっちを見てごらんよ!」的なやつ。

とある男性が、時間があれば私をいろんなところにれていってくれた

その人のお気に入りのラーメン屋のときもあれば

私だけならきっと行くことのないような(値段的には行けるけど)ラグジュアリーな空間

幻想的なほどにきれいな花畑

夏の花火大会

ライトアップされた夜の神社

芸術鑑賞

何かとイベントに誘ってくれる唯一と言えるような友達だった。

高級時計とか、海外旅行とか、そういうのお好きな方でしたね。

上質な服に身を包んだ様は似合ってたし、実際に身につけてるものを間近で見てハイブランドの質の良さとか、教えてもらった。

美味しいお酒、美味しい食事、海外旅行、上質な服、高級時計にワクワクする人で、多趣味で、いろんなところに出かけて上昇志向や成長意欲が強い人だった。

自分には興味のないジャンルに世界というか価値観を教えてくれた。

ツライときには愚痴をたくさん聞いてもらったし、

自分なんて、もう歳食っちまった〜とセルフイメージが低ければ

励ましたり褒めたりしてもらえた

ある種、恩人のようなヒトだ。

数ヶ月に一度くらい、これらのこと年単位かけてコツコツしてくれた。

私はいつしか、その人と同じような価値観を目指すようになった。

振り返ると、私もその人のようになりたかったのだろう。

猫が犬になろうとしてたね。

でも『ノートとペン』で自分なりの幸せとか向き合ったら、私は変わる必要などなかったなぁ。

そこに私の幸せはなかった。

いろいろもがいた結果、私は変わる必要がなかった

いま、

一人でカフェに入るのは平気になったけど。

公園でぼんやりしてるのが好きだし

やっぱりファストファッションで十分だし、

なんなら500円くらいの古着でもOKになった(昔は古着は興味なかったけど、綺麗な服が着られたら十分だよね)

休日は外出しまくって有意義に時間を使ってたけど、それはやめて家で好きなYouTube動画を見るようにしたら、すっごく癒される。

ブランド品も持ってみたけど、持ってみた結果興味ねーわ(笑)って思ったし、

高級なご飯ってほんと美味しいんだけどね、不思議とまた食べたいって思わないの。

何遍食べても飽きないのは、梅干しとあまに油をトッピングした納豆ご飯ね。

粗食に加えてカフェオレが飲めたら最高や。

そういう「自分なりの幸せの定義」が明確になった。

かつて、海外旅行に行きたいとか思ったけど、それは他人から植え付けられた価値観だった。

ヒトが「すばらしいと言うから」「きっとすばらしいのだろう」と思い込んでいただけ。

あ~私、お金かかること、興味ないわ~ウケる(笑)

そのヒトにはいろいろと良くしてもらったと思っているし、褒めてもらって、いつしか私は彼のことが好きになってたけど、彼は単に私に変わるキッカケを与えたかっただけで、他にも誰かに同じようなことをしているんだそうです。

つまり、彼は暇つぶしの余力で私の相手してたわけでした。

そうとわかったら「あ、私の勘違いだったか」って淡い恋心も一気に冷めた。

だって、なんか知らんけど無性に惹かれるというより、尽くしてもらって話を聞いてもらって、褒めてもらって、そういう条件付の好きだったんだな~というのが判ったから。

好意の返報性ってヤツだね!

この仕組みをよくわかった(笑)

それで、なんかいろいろとありましたが(割愛)

最終的にその人のこと、嫌いになりました(^O^)-oh

その人に失恋した経験を通して

「このままじゃダメだ!変わろう!」と行動し始めたキッカケになったけど、それは結局、他人の価値観に振り回されないことと、「私は変わる必要がなかった」ということに気づいただけだった。

気づけたのも変化だけど、一番でかく変わったのは

好きだと思ってたヒトがキライな人に変わっただけだな~あははははm9(^q^)pgr

ある種、恩人のようなヒトだから、なんだかんだ思う気持を「ありがたい」と、ポジティブに転換したりもしたけど、

「ヤッパリムカつくわ!」と自分の感情に蓋をしないようにすることが大切だな~とか、

「恩があるからって自分のいやな気持ちに蓋をして恩返ししなくてもいい」とか、

自分よりも相手を優先したから、その通りに扱われたなー、だから自分を大切にしよう!とか、

自分が種まきをして、自分が原因となって引き寄せたな~とか、

行動や言葉で示してくれても相手の気持ちはわからないもんだなーとか、

怒涛の気づきを得られた人なのだ。

脱モニョモニョ(笑)

ようやくスタートラインに立てたようです。

数十年という寿命の中で、一時的に出会って、学んで、分かれていく。

泣くだけ泣いて、怒るだけ怒って、冷静になったら、相手は相手の、私は私の世界で、独自の幸せを追求して生きていくだけなんだ。

死んだらあの世ね「いよっ!久しぶり★」ってなってるのかもしれないしね。

そういう視点でゆるく考えておけば良いんだ。

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