幼児用ハーネスの存在意義を語るヒトと批判するヒトのいたちごっこ

幼児用ハーネスを親が使うことについて是非論ってたまにSNS上に上ったりするんだけど、

その存在意義を理解できないアレな方から

「ペットみたいでかわいそう」

という批判がおきる。

確かに、

「ハーネス=ペットがつけるもの」

という名前からくる連想があるわけで、

「言葉の意味そのものしか理解できないくて、なぜ人間がつけるのか?まで想像できない人が批判するから無視していいけど、

たとえば

【シートベルト】に名前を変えたらいいんじゃないかな、

と思った。

その形状はシートでもベルトでもないけど

「シートベルト=人間がつけるもの=安全性を高めるためにつけるもの」

みたいなイメージの連想があると思うし、幼児用ハーネスの存在意義にマッチすると思うんだ。

ま、実際、自分がこどもにハーネスをつけていて、誰かに「ペットみたいでかわいそう」というちゃちゃを入れられたら、そのときどう対処するか?

を考えてみた。


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言ってくる人がハーネスの意義を知らないでイメージそのままに受け取っているケース

最初に書いたとおり、無知や想像力に欠けるがゆえに自分の意見を押し付けてくるヒトには「なぜハーネスをつけるのか」につい教えてあげる。

上記の通り「シートベルトみたいなものなんですよ」と伝えると端的だろうか。

これは誰でもやるだろう。

説明されても難癖をつけてくるケース

SNS上でわざわざ話題になるのはコチラのケースだろう。

この手の人は、ケチがつけられればなんでも良いアンハッピーな人だ。

たまたまその人にエンカウントしてしまっただけに過ぎない。

だから無視すれば良い、で終わるのだ。

「人の事情を思いやることができない人の言葉より、私は自分のこどもの命を守ることが大切です!」

ときっぱりと言うしかないよね。

言ってるかもしれないけど、そのときに「後ろめたさ」みたいな感情が自分にあれば、この手の批判する人って必ず出てくる。

勝手な想像なんだけど、わざわざ「こんなこと言われた! ハーネスのことを誤解しないで!」とSNSに投稿するヒトって、たぶん、たぶん、その人の中で「私は、あなたの意見よりも、子どもを大切にしたいという私の思いを尊重します!」という意思がぼんやりしていて、

人目とか人の言葉にまだまだ流される段階なんだろうな~

なんて思った。

人が「ペットみたい」と思おうとなんと言おうと、気にしない人は問題提起しようとすら思わないもんだ。

で、たぶん、そういうのを本気の本気で思って言える人は、もうその人の前に揶揄する人とは出現しなくなる。

世界は自分の内面を映し出すんだ。