「不安」なままにするのか、「恐怖」に挑むのか、自分で選べる。オススメは後者。

ここしばらく、私には気がかりなことがある。2ヶ月近く前にとある方とメールでやり取りをしたのだが、それ以来、メッセージが途切れ、お会いすることがなくなった。

これは…メールのやり取りでやっちまったな★

かもしれない。

みんなもそんなこと、たまにあるよね?

今回は、その「やっちまったー!?/(^o^)\」という恐怖体験(?)を克服するまでの心のモヤモヤについて書いていくよ。

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ギャグが通じなかった!?

メールで、私はとあるふざけた提案をした。はっきり言って言葉を掛けたギャグだが、それ以来、音沙汰なしですよ/(^o^)\

あぁ〜やっちまったか〜!?

と、いう思いが2ヶ月近くのストレスとなっている。

あぁもう、不安で不安で仕方がない、へこむ。

ていうか、「その提案は無理だな」って突っ込めよ!(逆ギレ)

会えないのは、単に忙しいだけかもしれない

「やっちまったー(´Д` )」というのは私の思い込みかもしれない。

メールの相手は多忙な方なのだで本当は大丈夫で、再会して「いやー忙しかったんだよね★」って言うかもしれない。これが一番自分にとって都合の良い、安心できるストーリーだ。

不安・ストレスの正体は?

やっちまったのか、それとも大丈夫なのか?

このどっちとも言い難い、曖昧な状況がストレスの元なのだ。

茂木健一郎さんの著書脳が変わる生き方によると、

脳科学の理屈で言うと、何があるか判らない状況に対応するために、不安や恐怖といった感情は進化

したのだ。だから、不安を感じまくりなのだ。

では、この状況をどうしたら自分は気持ちがスッキリできるだろうか?

メールで聞いたらいい

仮に誰かにこの件について相談したとしよう。きっと、「放っておけば?」か「メールで聞いたらいいんじゃない?」のどちらかを言われるだろう。

でもでもだって! そのまま待ち続けるのもストレスだけど、メールをするのもなんだか怖いんだもん!

ということで不安の正体を明らかにするために、、実際に想定されるシナリオから、自分はどんなことを感じ、どれが一番安心できるだろうか? を書き出してみた。

何もしないシナリオ

大丈夫だった場合

しばらくは不安を感じ続けるが、最終的には安心する。が、それがいつになるかは不明。

やっちまった場合

音信不通が継続して、ずっと不安にさらされる。

メールをするシナリオ

相手のメールチェックの頻度からして、24時間以内に結果が明らかになるだろう。

無視される場合

やっちゃった確定★

たとえ凹んでも、やっちまった私がいけないという反省でもして、いっそ諦めがつく。

大丈夫だった場合

「忙しかったんだよね、ごめーん★」みたいな返信が来る

→安心!

怒り?の返事が来る場合

そこからさらにストーリーが分岐する。

謝ったら挽回の余地がある

あったら嬉しいね! これはもう、やるしかないよ。

ご破算

覆水盆に返らず。一時的に凹んでも、諦めるしかないね。

本当は何が不安なのか、書き出してわかったことは?

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「うわぁーやっちまったー(´Д` )!」というのもストレスだが、それ以上に「本当にやっちまったかどうか不確定であること」が「不安・ストレスの源」なのだ。

最悪のケースは、「やっちまって、放置するシナリオ」。なぜなら、不安が終わらないから。

メールは「怖い」

よく判らないのも不安だが、メールをしてみるというのは不安というか、恐怖!

※不安とは原因があいまいなモノ、恐怖とは原因が明確なモノに抱きます。

大丈夫なのか否か、明らかにする!と「決心」するのって怖いね。メールをすることで、大丈夫だったと判る可能性と、やっちまったと判る可能性との両方を含んでいるが、自分で「行動」することができる。

この恐れている世界に飛び込んでしまうしかない。だってそこがメンタルブロックなのだから。

メールをした瞬間の気持ち

ご意向を伺うメールを送信したときの気持ちは、

あぁ〜終わったぁ\(^o^)/

という、なんか達成感というか、開放感

結果が良きにしろ、悪しきにしろ、これでハッキリするんやで…

メールから数時間後の気持ち

メールをして、数時間経過し、返信が来るまでの間、

怖い怖い怖い怖い〜(´Д` 😉

と怖さを味わっていたよ。もう、真夏の恐怖体験。ジェットコースターとかいらね。

メールをした翌朝

目覚めて、メール来てるかなぁ。それとも無視かなぁ…

もう、どうでもいいや! えいや!

とメールを確認したら、来てましたよ。

結論:大丈夫だった

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予想のひとつに挙げた、「実は忙しかった」というオチで、さらに私が書いたギャグがあかんかったというのも当たっていて(つまり、やっちまっていた)その提案に対してどう返していいものか真剣に受け止めたがゆえにフリーズしていたのだとか。

全然怒ってなかったよ! よかったー!

というか、この私の2ヶ月近く悩んでいたのは私の思い込みだった!という1人コントじゃないか。取り越し苦労はまさにこのこと。

不安の正体は、自分が生み出した幻想

という視点に立って、自分が何を不安に思っているのか、いろんなシナリオを書き出して見るといい。その中で、コレは嫌、好き、マシとか出るんだよね。どのシナリオも都合がよくなかったとして、想定されるシナリオを明らかにするだけでも曖昧さがなくなって、不安が減るだろう。

事実確認してみたら、自分が勝手にダメだと思い込んでいた、ということが判るだろう。もしダメだったとしても、ダメだったことが「判る」ことで「不安がなくなる」のだ。

「怖い」は自分でコントロールできる

この件で思ったのは、「不安」に思っているケースは自分でコントロールできないが、「怖い」と感じているケースは、自分が行動をすることで対処できる(恐怖の対象が明確だから)可能性があるということ。

「行動せずにいつまでも不安にさらされ続けるシナリオ)」も、「行動した結果、恐れていたことが判明するシナリオ(怖れていたことが起こると同時に恐れが終わる)」も、自分で選ぶことができるのだ。

私の場合、前者のほうがマシだったとわかったので、思い切ってメールしてみたら、大丈夫だったわけ。

「不安」にする?「恐怖」にする?

「実は自分のシナリオを選ぶことができる分岐点」に差し掛かっていることに気づいたら、あなたは何を選ぶだろうか?

私のオススメは「怖いこと」をやってみる、である。