軍艦島に行って日本の栄枯盛衰を感じてきた

2014年の10月半ば、長崎県にある軍艦島こと端島に上陸したので、そちらを書いてみる。

桟橋と軍艦島とを結ぶ橋。
下が透けてるので、さりげなく怖かった。
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島内では、散策ルートの行きは集団で移動し、3つある広場それぞれで、ガイドさんが説明をしてくれた。

帰りは自由行動だ。

第一広場

中央の建物が端島小中学校で、下層階が小学校、上層階が中学校だ。
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閉校になる際、端島の絵を描いたタイルを貼り付けているらしい。

端島の一番高いところに端島神社、並びに保育園があった。

島の一番小さな子どもたちが、一番高いところにいたそうな。
保育園の中には、日本庭園、外に出ればプールがあったそうな。

三菱の幹部社員の社宅は島の高いところで、部屋は何部屋かあって、小さいながら内風呂が付いていた。

庶民の家は六畳一間で共同浴場だったところ、かなり充実していたことが伺えた。
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石炭を採掘すると、石炭として使える部分と、そうでない部分=ボタとがあり、ボタの処理には三菱も頭を悩ませいていたそうだ。

当初は海の埋め立てに使うように、炭鉱側の海に捨てていたものの、そうすることで浅瀬になる=船が着岸できなくなる都いう問題が起こるため、山にトンネルを掘り、そこにベルトコンベアを通し、住居空間すら突き抜け、西側の海にボタを捨てていたそうだ。

今はその穴はコンクリートでふさがれているが、画像の右端の半円状の部分だ。
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ベルトコンベアの跡が残っている。

住居の地下には、パチンコ屋、雀荘、映画館など娯楽施設も備えていたそうだ。

ロードショー会館であるため、長崎での封切りは端島の映画館だったとか。

当時の最先端だったのかなー。

ちなみに「町内にテレビがあるお宅は一件だけで、そこにテレビを見にお邪魔する」的な時代に、島内のお宅のテレビの保有率が100%だったそうで、驚異的な数字だと伺えた。

このようになんでも揃った端島で、唯一なかったのは火葬場で、隣のナカシマまでいったそうだ。

ナカシマには桜が植えられていたので、花見にそちらに行ったんだとか。

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