【m】プライベートの人間関係を捨てた

先日の記事

【m】長年の趣味を捨てた
私が十代の頃からずっと続けていたお稽古ごとががある。数えてみたらその歴15年。 我が人生の若い頃の時間、エネルギー、お金(+ほんのり空...

でも言及したが、プライベートの人間関係の大半が、私は趣味仲間なのだ。

この長年の趣味を捨てることは、自動的にプライベートの友人・知人との付き合いも捨てることになる。

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友達がいないのって、寂しい?

私は20歳くらいの頃からすでに非社交的な人間であるという自覚がありつつも、たくさんの人付き合いがある人を羨ましく思うこともあった(その手の人たちは人付き合いが大変だという悩みがあるのだけど)。

「友達がいない=寂しい人」 みたいな勝手な思い込みがベースにあったと思う。

振り返ると、

趣味に対する情熱が失われたにもかかわらず、プライベートでの友人・知人との交流がなくなることを恐れて、たいして重要視していないような人たちと一緒に過ごすことを何年にもわたって過ごすことを選び続けたのだ。

自己啓発本でも「愚痴をこぼすだけの飲み会に付きあうのはやめなさい」という教えは鉄板

実りない飲み会は無駄だから、その時間を勉強の時間や自分が本当にやりたい時間に使いなさい、というものだ。私の場合、会社の人たちとのその手の付き合いがほとんどないので大いに助かっている。

趣味仲間との飲み会では、 話を聞いて、ずっと笑っているのでストレス解消になるといえばなるけど、私からはほとんど喋らない。その点を指摘されたこともあるが、きっと、その人たちとの交流に価値の重きを置いていなかったから喋りたくなかったんだよね。

数ヶ月に一度くらい発生する趣味仲間たちとの飲み会くらいは大事にしようと思っていたが、飲み会中は大変くだらない話になる(趣味仲間の飲み会だから当たり前なんだけどね)。

もはや、数ヶ月に一度ですら、そういう表面的な付き合いをする時間は惜しい!とはっきりと決めた。

自分で選ぶことができるのだ。

価値の序列が高いのは「仕事」、低いのは「人間関係」

私はクライアントと共通の話題を作るためなら、話題に上ったお店とかイベントとかに行って感想を共有するとかやれるし、クライアントと交流するのも全然問題なし。

そんなのも、人付き合いを大事にしているからというより、私が仕事に価値の重きを置いているから、「仕事のクライアント=私の仕事を評価してくれる人」に対して好意的なんだよね。クライアントの中でも仕事熱心なクライアントのことは好きで尊敬する。

自分の価値に合う人、つまり仕事関連の人(クライアントと同業者) のことが好きであって、仕事に関係のない人のことは好きではない、というこだ。

今の仕事をすることで人と接するのが好きなのかと思っていたが、10年越しでやっぱり自分は非社交的な人間であると確信した。

だから、

人間関係を捨てるのは怖くない

趣味友や仕事関連の仲間のなかでも、さらにそれを超えた完全なプライベートの時間帯に付き合うほどの仲間というのはごく限られているのだ。

そして、私には幸いなことに仲が良い家族がいるから、ほんの1〜2人だけの友人と家族を全力で大事にしていけばいいと決めた。

自分が、いわゆる「次のステージ」へ移行するために、そして目標達成のため、本当にやりたいことに集中するために、進化・成長・変化するために、

古い価値観や習慣を捨てないといけないし、不必要な人間関係を捨てないといけない。

それでもやっぱり寂しいなぁなんておもったら、また新しく趣味でも始めたり、SNS経由ででオフ会にでも参加すればいいじゃない。

いずれにせよ、捨てれば、新しいものが手に入ると信じている口ですし。

では、ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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