寄付したら運気アップするの? いろんな寄付の仕方

寄附に限定すると、ネット上で出てくるのは「金運アップ」を見かける。

「寄付をすることができるくらい自分は豊かなんだという気持ちを育てるのに良い方法」
とか、
「〝陰徳〟を積むことになる」
とか、いろいろな説がある。

さて、 寄付したいと思っても、どこにすれば良いか悩む。手取り早いのはレジの横にある募金箱にお釣りを入れること。しかし、確実に貢献していると言えるのか不明な募金は躊躇する。

スポンサーリンク

神社のお賽銭

地域に根付いてる神社の維持費に回される→ 地域に還元される(祭りの開催など)
ということが確実にわかるので、お賽銭は気持ちよくできる。

心屋さんが「神社ミッション」と名付けているのが「小銭じゃなくて1万円札を入れる」というもの。「1万円を入れるから運が良くなる」と勘違いしたヒトから心屋さんは文句を言われるらしいが(笑)、「何の見返りもなく手放すのが惜しい金額(簡単に1万円)を、清々しく手放す」心のあり方をトレーニングできる簡単な方法、なわけね。 お金を失うことの恐怖や執着をなくすトレーニング。その結果、なぜか運が良くなるんですよ、ということだそうだ。

これにかぎらず、不平不満を抱える心のままでは何事も成せないと個人的に思う。

災害義援金

皆さんも、駅前で呼びかける謎の人たちの箱にお金を入れるのはやめましょう。気持ちよくお金を手放す事ができるなら、そのお金が何に疲れるようとも関係ないらしいが、被災地のために役立ててほしいという気持ちで寄付をするなら、その目的が達成される方がやっぱりいいよね。

自治体に直接振り込めば変な団体に寄付するわけでもないので安心感はあるかと思う。しかも使用目的をある程度指定することが可能だったりする場合もある。私の場合は自治体へ寄付をきちんとしたのは数えられる程度。

パトロンになる

お金がどういう風に使われるにせよ、〝お金は循環するもの〟だから溜め込まないで使えという主張もある。
そのとき、〝いい気分 〟でお金を出すことが大切なのだ。そういう視点でいると、災害義援金など、「これで被災者・被災地域の助けになるんだ(^^) 」と前向きな気持ちで寄付できると良いのだろう。自分は悲惨な被害状況を思って気持ちが暗くなりがちなので、一旦この手の寄付はやめている。

その代わり、たまーにパトロンごっこしてる。個人でも企業でも、応援したいと思うところへ寄付をする。「パトロン=金持ち」の脳内図式が出来上がっているから「あら、私ってお金持ちっぽいわ、うふふ」という気分にしばし浸ることができる。

お祝い、奢り

わたしが誰かを奢るというシチュエーションは滅多に発生しないので、機会があれば気前よく払うようにしている。奢っても今のところ1万円くらいなので、普通に働いている一人暮らしのヒトからすれば大したことがない金額。
そう思うのが大切なのだ!

とにかく、 自分の知り合いに実行するのが一番手っ取り早いよね。これは身近な人に喜ばれたり、人間関係が良くなったりするという鉄板のリターンがあるはず。ヤフー知恵袋あたりを見て言えると、結婚や出産祝いのプレゼントや金銭にまつわる修羅の話題が投稿されているのを見かける(「私はあんなにたくさんあげたのに、お返しがこれっぽっちか!」みたいな) が、そういう気持ちになってたらお祝いの場面にかぎらずトラブル続発のはず。

寄付も空白の法則?

手放したら、空白を埋めるための新たな何かが手に入る 。モノを手放すとき、売ってはいけない。モノを手放した対価として、1円でも手にしてしまうと、それで空白が埋まってしまうのだ。これが「空白の法則」ね。

これをお金に当てはめると、お金を手放すとはたいてい買い物をしているはずだ。お金を手放す代わりに、何かモノやサービスを得ている 。「空白の法則」はモノを捨てることについて言及されることが多いのかな、と思っているが、お金だってモノのひとつ。寄付のように、回り回って社会全体など広範囲に貢献するものであるが、自分に直接還元されるわけではない。

断捨離など実行して、もはや手放すものがなくなれば(それ以前からでも良いが)、寄付などでお金を手放すと、新たな何かが手に入るんだろうか? こう考えてみたら、ちょっと面白いかな。ちなみに「対価」が必ずしも「お金」とはかぎらないのだそうなので、ネットで見かける「寄付すると金運アップするよ」というのは、思い込みが大切、かしら。

個人的には、パトロンごっことおごる時に「いーよいーよ〜」とお金に執着せずに手放せる気持ちになれる。「ちょといいことしたぜ」という清々しさはあるのは違いない。これからも、ワクワク・嬉しいなどポジティブな感情で見返りなく手放せる寄付を少しずつでも続けたいと思う。そして、「そういうお金の使い方ができるくらいに自分にはお金があるんだぞ、ということに感謝!」というのもまた大切なのでした。

では、ここまでお読みいただき、ありがとうございます。