見られたくない・見たくないものを隠すのを辞めると平気になる

自分を変えたい、という人がいるなら、その方法の一つとして、私が実践したことを書いてみよう。

自分を変えるには「自分の嫌な部分を向き合い、受け入れる」が鉄板のひとつ。

そして、

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鉄板は内面を変えること

まず、自分を変える鉄板の方法は、内面を変えること。自分の嫌なところ、ポジティブに捉え直して認識を変えて、嫌だと思わないようになるから、自然とオープンにすることができるようになるよう、行動が変わるというもの。

自分と向き合いたくないけど、つべこべいわずにさっさと向き合えよ、と。

ノートとペンを使って、自分の嫌なことを書き出して、

  • 嫌なままでいるメリット
  • 嫌なままでいるデメリット

を考えよう。

あるいは、

別の視点から捉え直すとどんなポジティブな側面があるか?

とか頭の体操よろしく、いろんなことを思いつく限り書いていくことで何らかの気づきが得られるだろう。

行動を変えることで内面も変わる

自分で思っている自分の嫌なところって、見たくもないし、見られたくもない。

だからいちいち向き合わないし、人に隠している。

逆に、なーんも気にしていない人はすごくオープン\(^o^)/だよね。

「嫌だな〜と思っている/思っていない心理状態と、何かを隠している/いないという行動は一致している」

思考・認識・心のあり方を変えることから先にしなくてもできる嫌な自分と向き合う方法はというのを利用して、「嫌だな」という気持ちを克服する方法は

隠すのをやめること

嫌なところをさらけ出すと、いやでも直視することになる。

そして直視し続けると見慣れる。

心理学の「認知的不協和理論」で説明がつく

「向き合いたくないから、隠している」という認識と行動が共和した状態を

「向き合いたなくないのに隠していない」という認識と行動のギャップがある状態(認知的不協和な状態)を作る

すると、行動と認識とが一致するように脳が勝手につじつま合わせをするよう認識が変化させるというもの。

つまり、行動を先にやることで、

嫌だと認識していたのを平気になるとか

勝手にイイ側面をみつけるようになったりする

のね。

自分の場合は、動画で自分を撮影して見てみた

私も、自分がどんな人間であるか、理想と現実のギャップがあって、自分の見た目、声とか喋り方とか嫌だ〜と思うところがあった。

音声、写真、動画などで自分がフィードバックされると、それはそれはショックを受けてた。

「うわぁ、自分の脳内だともっとイイ感じなんだけどな〜( ゚д゚)」と。

ま、そこで直視するのを辞めたら、単に嫌な思いをして終了なんだが、

今後の仕事のためにチャレンジしていく領域でもあったので、やらざるを得なかった(やらなくてもOKでもあるけど)。

そうして、何度もなんども見たり聞いたりしてるうちに、慣れてきて、

あ、割と平気やん!となって、今は「なんか知らんけど、自分の声とかイイ感じやん!」と思えるところまで来た。

そこに、何か見た目を変えたとか、話し方を変えたとかはなくて、

ただ単に「いやだけどやっちまえ」って行動したら、自分の受け止め方が変わっただけ。

認知的不協和理論の通り、変えた行動にあわせるように内面が変わった例。

「あり方を変える」でも「やり方を変える」でも、お好きな方からどうぞ

「あり方」を変えると「やり方」が変わるように

「やり方」を変えると「あり方」が変わることもある。

自分を変える方法はたくさんあるけれど、その一つは隠していることやめることなのだな。

その、隠してることをオープンに出来ねーんだよ(’д’;)

って言う人は、まだそのタイミングじゃないし、でもなんでも、好きに思ってるといいと思う。

あくまで「自分は可愛いと思おう!すばらしいと思おう!」と内面を変えようとするのはずっと試みてきて、うまくいかなかった。

けど、怖いと思っていたこと、恐れていたこと(=自分が顔を出すとか、しゃべるとか)を先にやったら、最初はモジモジとかザワザワとか居心地の悪さを感じていたけど、そのうち平気になってしまった。

あれ(゜д゜)?

というケースでだったということ。つまり、

自分を受け入れよう!認めよう!のほうが努力で、

そういうことをしないまま、人前に出て行く、のほうが勇気を出す

だったというオチでしたね、はい。

もちろん、自分の嫌な部分と向き合わないこと、隠し続けることとで得られる安心感とか、私が感じたモジモジ・ザワザワを経験せずに済むわけだよ。

内面を変えても、行動を変えても、今のまま変わらなくても、どんな選択肢を選んでも、結局は自分が1番得するようになってるから。

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